新暦11月7日(旧暦9月22日 きのえ 赤口 寅)

いつも真心のお力添えありがとうございます。
地方にて御神事をおこなっております、夫比嘉良丸より連絡がありましたので、下記に掲載いたします。

* 比嘉良丸より *

皇紀2680年 令和2年庚(かのえ)子年 旧9月20日壬(みずのえ)仏滅 西暦2020年 11月5日・木

昨日4日、体調を崩した為、成田まで行きホテルにて体を休めていました。今日の朝は低血糖を防ぐ為に食事を取り5時30分にホテルを出て茨城県中禅寺湖に向かいましたが、お腹を崩し何度もトイレに行く状況に成りました。一度は、下痢止め飲み治まりましたが、中禅寺湖での祈りの後に脱水症状と低血糖症状出た為、水分と栄養剤・ブドウ糖を服用しました。しかしこれが、逆にそれがお腹を刺激してしまい、猪苗代湖につく頃には、朝からのトイレ回数が40回を超える程となり、それも原因となり内臓運動が激しくなってしまいました。猪苗代湖での祈りの最中に小腸あたりが軽い痙攣をおこしてしまい、痛みで祈りを中断する状況になりました。何とか猪苗代湖を終え磐梯山に向かいましたが、運転中に再び軽い痙攣が起きた為、磐梯山の麓へ向かうのを諦め猪苗代湖の湖畔から磐梯山を観て祈りをしました。

この内臓に対しての症状ですが、私の手術の経験が一因しています。30年程前に私は大腸の一部を摘出する手術を行なう為に入院していたのですが、その際に大腸が破裂してしまい緊急手術を受け、かなり危ない状況でしたが無事終える事が出来たという事がありました。
1度目と2度目の手術では、大腸のほぼ全部を摘出してお腹の中にある脂、脂肪を取り除かなければ手術が出来ない状況にありました。それは、体内で大腸が破裂した為、体内に汚い膿や病原菌が広がってしまい、それを取り除くため、先に脂肪を体内から取り除き、次に内臓を体内から取り出して、体内と腹膜を綺麗に洗い消毒し、病原菌を除去した後に、残していた直腸の先を閉じ、体外へ取りだしておいた内蔵を綺麗に洗い消毒し菌を除去した後、体内に戻し、小腸で人工肛門を作り、おなかを閉じるという、10時間を超える手術をおこない無事に終えることができたという経緯があります。

それ以外にも胆嚢や他の臓器の摘出手術も受けました。大腸は殆どの部分を摘出しましたが、2週間程で退院する事になり、当時、本当にうれしい気持ちでいっぱいだったことを覚えています。しかし、1週間程して院内の売店で買い物して病室に戻る途中、いきなり何の前振り感覚もなく尿を垂れ流す状態になり、その後、数週間経ったころ今度は下腹部から傷みが出て、次第に激しい痛みとなり、体熱も常に38度ある状態になりました。時には、突然40度近く熱が上がる事もありました。その為、かなり強い痛み止めを注射で打つか、薬の服用をして痛みを押さえていました。
当時、中々すぐに原因が判明せず、介護用の紙おむつと男性用の尿取りパットをすることになり、痛みを堪えていました。原因が分からない状況で4年ほど入院生活が続きました。30年前ですから、長期入院が出来ていましたが、このように原因が分からない状態が4年も続くと一部の看護士は、本当は治っているのに、私が痛み止めの薬が欲しい為に自分自身で病気にしているとか、酷かったのは、痛み訴えて痛み止めを要求した時、痛み止めの薬を手渡しする直前に嘲笑いながら薬を渡さないように、何度も手を引っ込められる事もあり、怒りを覚えたことがありました。いまだにその看護士の顔と名前は忘れる事ができません。また、一部の心無い看護師から、間違った情報を吹き込まれた私の姉と兄夫婦に、本当は治っていて、熱や痛みは自分で起こしているのでしょう。いい加減にしろと言われたことは、本当につらく、心の底から落胆したと同時に、この言葉で私自身の何とか保っていた精神、心が壊れ崩れ、病院から抜け出し、2度自殺をはかったことがあります。ただ、自殺の紐を括り付けた太い枝が折れてしまうなどして、神は死なせてはくれませんでした。看護師の事も、兄弟からの言葉も今もはっきりと心が、精神が覚えています。それらは、決して忘れる事無いでしょう。しかし、自殺を食い止めてくれた神の行為は、今では、感謝をしています。
その後、人工肛門、ストーマでの入院生活と入退院の5年間を生活しました。大腸の手術の際に直腸をほんの少しだけ残して頂いたことから、再びの手術で小腸と直腸を繫ぐことができまして、それによってこれまでの痛みも次第に消え、尿失禁も治っていきました。
当時の痛みと尿失禁の原因は、2度目の手術で大腸の全部摘出と体内の脂肪を取り去ったことで、腹部に大きな隙間ができ、小腸を支える事が出来ず、小腸が下腹部へずれ落ちて、下腹部で絡み合ってしまい小腸が癒着し、炎症を起こし、このことから何らかの影響を膀胱がうけてしまい尿失禁や下腹部の激しい痛みを引き起こしていたとわかり、私としては安堵しました。
しかし、術後、それが想わぬ副作用となってきました。普通、人が食事を摂ると胃で溶かして十二指腸に送ります。その時に小腸と他の臓器も分泌液を出し、小腸で栄養分を取り込み肉体の活動源となります。
栄養を取り終えた水分とカスは大腸に送り込み、水分と電解質は大腸で体内に取り込まれ、カスは便として体内から外へ排出されます。私の場合は、大腸が無い為、便になる前の小腸液が外に排出されてしまいます。この小腸液が、直接肛門を刺激して一日中、本当に24時、トイレに行きたいという状況になり一日中トイレに篭る状態が続きました。又、小腸液は、一日に2L位が出て大腸から取り入れられるのですが、大腸が無いため、それをそのまま体の外に排出してしまいます。液体には、肉体に必要な栄養分や食した栄養分も含まれている為、吸収されずに体外へ出てしまうという事は、脱水症状や低血糖、四肢がつったり、内臓が痙攣を起こしたりします。そのため、当時は、肛門を刺激しない様に栄養は点滴と鼻から管を入れ栄養流動を小腸に流し込む治療受けましたが、数年経っても中々症状が良くなりませんでした。でもどうしても、退院したくて、自分自身で管を鼻から入れ栄養食を機械で小腸へ流し込むことが出来る事が条件で、退院させてもらえましたが、状況は何ら変わらず、自宅でも殆どトイレにこもりきり状態で、結局、毎日、時には夜中に病院に行き、症状緩和の為に1Lの点滴を処置してもらっていました。この様な状態が数年続いたのですが、これでは普通に生活が出来ません。打開する為に私が取った粗治療は、刺激しないように微小を摂取しても激しい下痢を起こすなら、逆に無理やり多くの食事を取って、無理矢理、直腸や肛門を食事に慣らす方法を取ることにしました。まぁ最初の数年は、かなりきつい思いをしましたが。。。この荒治療は、絶飲食から水分補給、おもゆ、三分がゆ、そして具合が悪くなり又絶飲食に戻るという入院生活を10年近く繰り返していた体には酷で、食べては吐く、食べては吐くという行為を繰り返しておりました。
今は、吐く行為はなくなり、暴飲暴食の影響が残り、肥満と糖尿病を煩う結果になっております。また、時より、紙おむつや尿とりパットが必要になる場合もありますが、昔の事を思うと、本当に天地の差程の違いがあり日常生活と各地での御神事が行えております。

ここで、何故、この様な今回の御神事とは直接関係の無い内容を書込みをするのか言うと、本当は正直、私自身もよく分かりません。
昨日、中禅寺湖・猪苗代湖と御神事にまわりました。本来は、中禅寺湖の次に那須岳、猪苗代湖、磐梯山を一箇所一箇所、時間をかけて御神事を行なう予定でいましたが、茨城県の東海第二原発から千葉県房総半島、野島崎間での間の御神事で体調を崩し、翌日は、御神事を休み、ホテルで体を休めて、今後の計画を練り直した結果、現在の持ち合わせ資金では、御神事を最後まで行なう事が出来ない事と、私自身の体力が持つのかを考えて、御神事に訪れる場所の数と御神事時間を調整した計画と支援金のお願いの書き込みを4日夜に掲載させていただきました。
5日朝ホテル出る時から体調が崩れ、中禅寺湖・猪苗代湖・磐梯山と祈りの最中に軽くつったり痙攣が起きたりしていまいた。時には、かなり強い痛みがあり、祈りを中断しながら何とか祈りを終えて、妻にお願いして郡山で宿を取ってもらっていたので出来るだけ早く宿に入るように移動してゆきました。移動途中、攣ったり痙攣が起きる事なく宿にチェックインが出来、安心したところで右足全体と両腕が攣り、かなり強い痛みが伴い直ぐに浴槽に入り湯を溜めながら、つった所を温めほぐしていきまして、落ちついたところで、明日の御神事は無理だと判断し、妻に連絡をして宿の延長してもらいました。
22時頃、又突然右足全体が攣り、それを庇うように体を動かすと、今度は左足も攣り、次に左横腹、右脇腹、右腕と全身が攣り、あちらこちら内臓や様々な所で痙攣が起きました。湯船に浸かり体を温めながら体をくっねたり、反対側に反らせてみたり、湯船の中、立ち上がり体くねったり湯船から出て床に横になったり、又立ち上がったり、再び、湯船にはいったりと痛みをやわらげる為にいろんな姿勢をとりましたが、中々おさまらず、夜中の3時過ぎまで続きました。本当に、どうしようもない痛みで、泣き喚きながら楽になるように姿勢を変え続けたと思います。正直あまりの痛さで、その時の記憶があまり覚えていません、只々痛い苦しいだけが続き、治まった頃に様々な神々様や存在が言い寄って伝えてきて、様々な過去の出来事などを見せ、伝えてきました。
この時、見せ伝えられてきたのは、子供頃から現在まで時で、見たくなかった、思い出したくはなかった病気入院中の事などについて、好き放題に見せ、伝えてきて、かなり腹が立ち、喧嘩腰の受け答えとなりました。本当に沢山の事柄を思い出させられ、特に印象があるものを、一部ではありますが、今、書き込み書いている病気入院中の出来事です。
伝えてきた神々やいろんな存在がそれぞれに様々な事を伝えてきましたが、その中で一同が類似している内容がありました。それが、入院中の時のことです。
こう伝えてきました。「貴方が、病にかかり入院中に神の道、神業へと入ることになったのだが、あなたの病は、そのきっかけだった。病気になったのも、あなたが犯した罪からのもの。聖地の御山を破壊するきっかけを作ったのはあなたであり、自ら出たサビであり、その後の12年間の苦しみも自ら蒔いた種である。あの時の行い、御山の破壊は、神罰に値する行為であったが、我々神の代表を通して、神の道に入り母親と共に神業を行うかと言う問いに、あなたは自ら「行う」と答えた。それにより我々は改めてあなたに試練与えてみることにした。その上の結果で、そこから先を決めることになった。
実は、あなたの母親は、ずっと見ていた。あなたの母親は、本当に我々の要望を確実に行なった者であり、真の神の使いであった。
そなたの母である初には、6人子がいたが、皆、跡を継ぐ者にあたいせず、跡を継がせるに至らず、あなたは本来は輪廻転生時期ではなかったが、輪廻転生を行い名を良丸とつけた。その為、33歳までの命で、それ以降の人生は33歳の年にある試しを行い、それに合格すれば新たな人生を与える事にしたが、あなたは、御山を破壊し見事に落ちた。その為、改めて神世での厳しい修行を行う為33歳で命を閉じるはずあったが、あなたの母親の強い願いとあなたの他に跡を継ぐ者が居らず、あなたに12年間の試練を乗り越えるか試した。その12年間を乗り越えたから、あなたは今ここにいる。
あなたは、母親の死について、我々に対してかなり怒りをぶつけて来るが、それは間違いである。
あなたの母親が、我々にあなたの救いを願い申し入れた時、あなたが受ける試練の運勢のかなりの部分を母親が引き受けたのであり、母親の事に関しては、あなたが自ら巻いた種の一つであり、我々に怒りをぶつけるはお門違いである。母親に感謝しなさい。
今回の御神事で、先一昨日、昨日と自身に起きた、筋肉のつりや痙攣で神事は無理と言っているが、あなたが病にある時、母親と神事行なっていたことを思い出しなさい。あの頃は、今以上に激しい痛みや全身の攣り、痙攣でありながら、病院を抜け出して神事行い、周りから気が狂った等と言われ放題言われながら、経営する会社が倒産の危機など、体、肉体で味わう、本人しか分らない激しい痛みや生活を過ごし、人の裏表や苦悩、人生でのこの世にある全ての苦悩、生き地獄を経験してきたはずだ。我々が与えた試練に比べたら、今この状況は、比べるに値すらしないだろう。
あなたが、儀式を行う意味、祈りの意味を知った時を思い出せ。
病の折に一時病院を退院して、宮で寝泊まりしていた時、毎日必ず夜中2時に、あなたの心、感情、感覚に、多くの人の感情が入りこみ、死への恐怖、苦しみ、悲しみ、未練、怒り、恨み等、数知れない感情が入り込み、泣き喚いていたことを。
その時に見たビジョンが、数日後に実際に現実のものとなること、その後にニュースや新聞などで現実起きた事、これらの事を事前に知らされる意味がわからず、心が折れ、苦死んだ事。のちに、垣間見たビジョンに対して祈り、神事を行うと回避できることを知った時を。そのことを知るにあたり、この世の中、世界、この地球で起こる事を知り、苦しんだ挙句に決断したことをお前は忘れているのではないか。
此れぐらいの痛みで騒ぐな。今回神事を行うと決めたなら、やり遂げろ、弱音を吐くな。最後まで責任を持ってやり遂げろ。明日は、まず富士五湖の山中湖、河口湖のどちらかに行き、富士山の入り口の水ヶ塚を巡り、伊豆半島先端・石廊崎、熱海、三浦半島の城ヶ島まで神事をおこないに戻り、15日には艮大神誕生祭を行い、その後、再び本州入りし、必ず那須岳をしっかりと時間かけて神事を行うこと。
という内容を伝えられました。他にもかなり様々な事柄を沢山伝えられました。こう言っては何ですが、伝えられた中には、結構、腹が立つ内容もありましたが、言われた内容について、私自身、かなり反省しないといけないと思うところが多々ありました。このような啓示、教えがありまして、明日7日、山中湖に向かう事にします。

今回、この教え伝えられた中で、私が1番印象に残っている言葉は、「我々は、あなたが生まれる前から、神界にいる時から知って居るし、この世に産まれた後も常に見ている。子供時代、青年時代、大人になってからも若い時代、中年、今現在と、常にあなたを見て、あなたの悪行も罪も、全て知っている。その上で我々の願う未来の仕組み作りは、あなたが行うと決めている。
あなたの側に常にいることを忘れるな。我々が常に見ている。」
と言われたことが印象に残っています。
この世の中で起きると伝えられた内容、これから起こり得る陰の世界の未来・陽の世界の未来・この先の未来、陽の世界の未来の仕組みづくりを行う為には、一つ一つをできる限り確実にやり遂げてゆく事が大切になります。それには、かなりの時間が必要になります。世の中の状況や直近の変化、時々の状況に合わせて御神事を行う事が必要になります。その為、今回のように突然の場所移動にも対応してゆく事が必要になります。以前に突然の指示、啓示が伝えられおこなった御神事では、その時いた場所から北海道へ飛行機で移動して御神事をおこなったり、海上での御神事も必要だという啓示からフェリーで車ごと移動しました。海上を移動中の深夜も御神事を行うために個室を取ったりもしましたし、いきなり明日から外国の御神事に行けと伝えられたりという事もありました。車、飛行機やフェリー等の移動で、かなりの費用がかかります。1人で月に確実に50万以上かかる事もあり、多い時には100万を超えることもあります。御神事の多くが、夫婦で動きますので、費用も倍近くかかることになります。また、今回もそうですが、必ずしもその時いる現場近隣の都道府県への指示が伝えられるのではなく、神々様の意図、仕組みや関連の流れがあり、突然遠くの地へとゆくようにとの啓示が伝えられ動かなければならない事もあります。それを思うと今だけではなく、常に、毎日、いかなる時も対応出来るように、御神事がおこなえるようにと考えると、現状では不安になってくることがあります。先日、皆様へ呼びかけさせていただきまして、皆様の真心のお支えに深く感謝申し上げます。ありがとうございます。今おこなっている御神事を精一杯努めてゆきます。まずは、私自身、御神事がしっかりとおこなえるように常に体調を整え、確実におこなうと誓った以上やれるところまでおこなうしかありません。

今回、体調の事もあり、また、神々様より個人的な内容ではありますが、思うところがあり、このような内容を掲載いたしました。
御神事を行ってゆくには、皆様からの真心のお支えが、本当に大切になってまいります。いつもお支えくださる方、見守りながら窮地に手を差し伸べてくださる方、皆様の真心、深く感謝申し上げます。
とにかく、やれるところまでおこなってまいります。
今後ともどうぞお支えくださいますよう、何卒宜しくお願い致します。

* 比嘉良丸より *

*11月さきたま古墳にて

2020年10月31日 さきたま古墳にて
1 前半

2020年10月31日 さきたま古墳にて
2 後半