今回の船で外洋から祈る御神事は、今年、三度目となります。今まで出来ていなかった外洋からの陸地への祈りと、海の底に対しての祈りです。
振り返りますが、一度目は、5月ゴールデンウィークの時期に急遽行いました
東京湾から船に乗り、東京湾を祈り、湾の入り口となります洲野崎、剣崎、そこから南下して三浦半島先端、伊豆大島、伊豆七島、熱海活断層、三浦湾、伊豆半島、駿河湾、富士山、御前崎、浜岡原発、三河湾、伊勢湾、紀伊半島と移動しながら外洋から祈りました。そして、一旦、神戸に寄港の為、四国と太平洋の間を通りましたので、瀬戸内海の入り口を祈り、明石大橋から神戸に入りました。四国、関西をお祈りした後、再び神戸から外洋に出で、紀伊半島と四国の間を抜けて、四国、九州、琉球(沖縄)台湾までのルートで祈りながら南下しました。
このルートは、関東近海にある太平洋、フィリピン、北米、ユーラシアの4大プレートの重り場所を祈る事になり、伊豆七島から小笠原といった東日本火山帯の海面を移動してゆきますので、火山帯の動きが穏やかになるよう祈りました。東海、東南海、南海と移動してゆきながら、この各地震に対しての小難無難の祈り、富士山の噴火の小難無難の祈りを行い、浜岡原発の無事故無難の祈りを行いました。南海トラフは、三浦半島沖から九州の宮崎沖まで続き、宮崎沖で琉球海溝に繋がり台湾まで続きます。その為、丁度この航路がトラフ、海溝に沿ってゆきますので、この海溝、トラフの動きが連鎖する事が無いように、この動きの小難無難を祈りながら南下してゆきました。途中、東海近海では、浜岡原発の、四国付近では、伊方原発の無事故無難の祈りも行いました。
奄美沖からは、それまでの太平洋側航路から東シナ海の方へ移動した事によって、丁度、西日本火山帯に沿う事になり、この火山帯の小難無難の祈りを行いながら沖縄本島に入りました。
沖縄の那覇にも寄港しましたので、我大国ミロク大社の宮で、これまでおこなってきた祈りを結び、まとめる意味もあり、この日、総合の祈りを致しまして、再び、船に戻りました。出港後は、引き続き東シナ海側の航路で、久米島、慶良間諸島の近海を通りました。この島々は、西日本火山帯の真上にありますので、再度火山帯の小難無難の祈りを行いました。更には、尖閣列島の付近も航海しましたので、中国との争いが回避出来るよう祈り台湾に入港しました。
私達は台湾で下船し、西日本火山帯の南の要となります台湾の七星山にて、火山帯の動きの緩和と共に、中国・台湾・日本の領土問題の緩和、近隣諸国との友好を祈り日本本土に戻りました。
自然の動きに対しては、上記航路に沿って各地域を外海から陸地全体に向け、中央構造線に沿いながら、その動きの小難無難の祈りを行い、政治経済の安定、近隣諸国との摩擦の軽減、感染病が広がらぬようにという事も祈りました。
7月には、東京湾を横浜から船に乗り、途中韓国釜山に寄港して、日本本州と九州、四国をぐるりと一周致しました。
まずは、横浜を出港し、三浦半島、房総半島、東京湾の入口、房総半島から犬吠埼と祈り、そこから、太平洋を北上しながら、茨城東海第二原発の無事故無難の祈り、福島第二・第一の原子力発電所の早期解決の祈り、宮城の牡鹿半島の女川原発の無難無事故の祈りを行い、この太平洋側の航路では東北を中心に 2011年3月11日の自然災害による被害者の方々への鎮魂とその再来を防ぐ祈りを行いながら、13日の臨界事故における健康被害の解決、回復を祈り致しました。宮城・岩手・青森と進み、青森では、六ヶ所村・東通原発の無難無事故を祈り、津軽海峡を日本海に抜ける際に、海流・気流が滞り無いよう祈りました。
この日本海側に船が抜ける間、北海道側は恵山・函館山・羊蹄山・奥尻島、青森側は、竜飛岬・大間岬・岩木山・十三湖と自然の流れ、自然の営みが滞り無きよう願い祈りました。日本海側においては、秋田の男鹿半島・八郎潟・鳥海山・出羽三山に向かって祈り、新潟は、柏崎刈羽原発の無難無事故を祈りました。
船は、金沢に寄港。富山湾、能登半島の先端、志賀原発、若狭湾では、敦賀・もんじゅ・美浜・大飯・高浜の無難無事故をお祈りをしました。京都の舞鶴と鳥取の境港にも寄港しました。鳥取では、宍道湖の入り口を祈り、そこから釜山に向かう途中、島根原発の無難無事故をお祈りしました。釜山から九州へ南下、途中、玄海原発・長崎の平和記念公園に向かって原発には無事故無難の、平和公園には、世の平和、戦争回避を願い祈りながら、九州の西側を南下、普賢岳、桜島、鹿児島の川内原発へ向かって祈り、航路が東へ進むなか、四国と九州の間を通る際には、伊方原発、東海地域においては浜岡原発の無難無事故を祈り東京に向かいました。
この日本一周の祈りでは、5月と同様、南海トラフの動きが小難無難になるようにとの祈りと、伊豆七島から小笠原、マリアナへと抜ける東日本火山帯の動きに対しての小難無難の祈り、4大プレートの重なりや日本海溝、津軽海峡、日本海側の場所場所にある活断層に対しての小難無難、動きは穏やかになるよう祈りを行いました。韓国釜山にては、近隣諸国との友好、戦争回避の願い祈りを行い、一周を廻っての祈りとしては、感染病が広がらないように、自然災害の小難無難、17施設の原子力発電所の無難無事故の祈り、プレート型、活断層型の地震に対し穏やかな動きであるように、東日本火山帯、西日本火山帯の動きが穏やかになるようにと、多岐にわたって祈りをさせていただきました。
そして、今回は、北海道のみ(途中サハリンがありますが)を外洋から一周致しました。
まず、13日の朝日を石狩川河口にて祈り、乗船港である小樽に早めに入り、小樽で祈りました。午後船に乗り込み夕方出港、積丹半島・神威岬・泊原発・羊蹄山・奥尻島・松前の白神岬・天狗山と西に回り込みながら、津軽海峡に差し掛かった際には、青森の竜飛岬・岩木山にも向けて祈り、函館に入港、函館では函館山に向かい祈りました。
翌日、函館から室蘭に向けて出港。津軽海峡を東に進みながら、北海道は恵山に向かい、青森には、大間を望み、その先の恐山へ向けて祈りました。そのまま北海道の噴火湾、有珠山、昭和新山、洞爺湖、地球岬と祈りを致しました。
室蘭からは釧路に向けて、苫小牧、襟裳岬と北米プレートに添っての祈りを行いながら、十勝連山、根室へ向けても祈りました。
釧路からは、釧路湿原を祈りました。
船は、網走へ向けて、根室半島、ノシャップ岬、そして、色丹岬、歯舞、国後と進み、択捉と国後の間を進みながら、知床半島沖を先端から内陸へと進みました。この航路のお蔭で、千島列島火山帯を祈る事ができ、羅臼岳を海側から祈る事も出来ました。
網走からは、ロシアのサハリン、コルサコフに入りました。
ロシアを離れると、小樽へ戻る為に、宗谷岬、納沙布岬を進みながらオホーツクを祈り、利尻島や礼文島の間を進み、小樽まで祈りを致しました。
各地域共に、自然の動きに対しての緩やかなる動き、自然災害に発展する事が無いように、海流、気流の滞りが無いように安定するようにという祈り。近隣諸国との友好、政治経済の安定、感染病が広がる事が無いようにと祈りながら一周いたしました。
一回目の台湾までの航海、2回目の本州一周、3回目の北海道一周と、これらは、日本列島を地球のひな形として、これ以上の環境破壊が進まぬように、自然の回復と新たに良き環境となるよう、進化するようにという祈りと、地球全体の海流、暖流・寒流、深層海流、海道、水道、海峡、大気、気流の流れ、太陽、月の関係性といった大自然の循環、地球環境に対して善き方向となるよう祈り、地球規模での政治経済の安定、平和という事を祈りました。
昨年、東日本火山帯のマリアナ付近から、小笠原、伊豆七島、そして、4大プレートを突き動かす動きが出るという啓示にもとづいて、10月3日に小笠原の父島、母島にて御神事を行いました。この御神事から、11月20日に小笠原の方で、新しい島が出来るという形で、その突き動かすと伝えられていてエネルギーが放出される事となり、そのおかげでなんとか4大プレートの動きが抑えられてきました。
しかし、昨年から、今年にかけて、琉球列島の久米島、これは西の火山帯にあたりますが、この付近が動き、琉球トラフ・南海トラフと連鎖連動する動きとなり、そこから、東南海・南海・富士の噴火、及び、4大プレートに刺激を動かす流れがありました。
そして、今年に入り、特に6月以降、小笠原・伊豆七島・熱海沖・伊豆大島近くでの群発地震が起き、その動きが、折角、落ち着いていた4大プレートをつき動かす動きがありました。
更には、中央構造線沿いに、関東で大きな地震が起きると伝えられてきました。関東の内陸部の活断層、及び、プレート、太平洋側が連鎖連動し、関東・東北・北海道までの太平洋側で大きな地震が動くという啓示で、これが、動く事によって日本海側をも刺激する動きとなる。一つは、中央構造線に沿って関西から日本海側までの大きな範囲、京都・福井・石川辺りと内陸側を大きく動かす可能性が伝えられてきました。
そして、その動きは、中央構造線と西日本火山帯に沿って、中国地方から四国、及び九州、そして東北地方や北海道といった広範囲にわたって大きく突き動かす可能性があると伝えられてきました。
これらの動きが、9月及び10月にかけて動く可能性が高かいと伝えられてきました。
この動きを押さえる為に、5月の船での外洋からの御神事、そして、6月富士セレモニー、8月富士山頂上での祈り、7月の東京から神戸、沖縄、台湾への船の外洋からの御神事、7月8月にかけて、九州から北海道の範囲を内陸からの車で中央構造線に沿って御神事を行いました。
そして今月9月の船の御神事を行い分散分割、回避という祈りを行ってまいりました。
6月の富士セレモニーでは、北のアイヌと南の琉球を富士で結ぶ事によって、民族の調和、平和という意味と共に北から南の全体の自然環境の調和という意味も兼ねておりました。
その結果として、完全回避とはなりませんでしたが、9月3日、9月16日、17日に起こった自然の動きによって、何とか、先送りが出来たのではないか、最悪の事態は避けられた、切り抜けたと私自身は、思っております
しかしながら、自然は動き続けており、また、自然の動きを誘発しようとする、敢て、自然を大きく動かしたいと考え、行動している存在もいる為、いつ、この状態が変わるかわかりません。引き続き気を引き締めてゆかなければなりません。船を下船した後、20日に場所は言えませんが、北海道内の啓示で指定された場所にて夜を徹しての御神事を行います。
21日は、札幌での勉強会を行い、その後、22日に神戸で預かってもらっている車を受け取った後、淡路から四国に入り、高知の鳴門岬、徳島からフェリニーにのって和歌山へ、紀伊半島・潮岬、鳥羽からフェリーで渥美半島へ渡り、浜岡、御前崎と廻り、愛知にて27、28日に御神事を行います。
10月に沖縄に戻り、琉球トラフ・西日本火山帯の動きが緩やかなるものとなるよう祈りを行います。その後の御神事で、自然災害や政治経済・近隣諸国との緊張の緩和、そして、感染病というものが拡散しないよう御神事を引き続き油断することなく意識を一層高めて行ってまいります。
今回、ここまで御神事を行う事が出来たのも、皆様の温かいご支援がありましたからこそであります。大難を何とか避ける事が出来たと本当に、感謝しております。
直接のお礼や手紙、メールなどを送ることが出来ませんが、皆様への感謝の気持ちは、御神事に邁進する事、自分に出来る事を出来る限り精一杯行う事で、あらわせて参ります。
その行動で、感謝の気持ちとして、出来る限りのことを行わせていただきます
10月には、改めて中国敦煌に行きます。また、今年は、後2ヶ所ないし1カ所外国での祈りが必要であり、訪れるよう伝えられております。
何とか、今年の最後までそれ等をやり遂げねばと思っております。もし可能ならば、皆様のお力添え、ご支援いただけますと幸いでございます
比嘉良丸 比嘉りか
<今回の航路での写真一部掲載>
小樽出港地図 / 積丹半島
![択捉からの朝日]()
国後 択捉間地図 / 択捉からの朝日
振り返りますが、一度目は、5月ゴールデンウィークの時期に急遽行いました
東京湾から船に乗り、東京湾を祈り、湾の入り口となります洲野崎、剣崎、そこから南下して三浦半島先端、伊豆大島、伊豆七島、熱海活断層、三浦湾、伊豆半島、駿河湾、富士山、御前崎、浜岡原発、三河湾、伊勢湾、紀伊半島と移動しながら外洋から祈りました。そして、一旦、神戸に寄港の為、四国と太平洋の間を通りましたので、瀬戸内海の入り口を祈り、明石大橋から神戸に入りました。四国、関西をお祈りした後、再び神戸から外洋に出で、紀伊半島と四国の間を抜けて、四国、九州、琉球(沖縄)台湾までのルートで祈りながら南下しました。
このルートは、関東近海にある太平洋、フィリピン、北米、ユーラシアの4大プレートの重り場所を祈る事になり、伊豆七島から小笠原といった東日本火山帯の海面を移動してゆきますので、火山帯の動きが穏やかになるよう祈りました。東海、東南海、南海と移動してゆきながら、この各地震に対しての小難無難の祈り、富士山の噴火の小難無難の祈りを行い、浜岡原発の無事故無難の祈りを行いました。南海トラフは、三浦半島沖から九州の宮崎沖まで続き、宮崎沖で琉球海溝に繋がり台湾まで続きます。その為、丁度この航路がトラフ、海溝に沿ってゆきますので、この海溝、トラフの動きが連鎖する事が無いように、この動きの小難無難を祈りながら南下してゆきました。途中、東海近海では、浜岡原発の、四国付近では、伊方原発の無事故無難の祈りも行いました。
奄美沖からは、それまでの太平洋側航路から東シナ海の方へ移動した事によって、丁度、西日本火山帯に沿う事になり、この火山帯の小難無難の祈りを行いながら沖縄本島に入りました。
沖縄の那覇にも寄港しましたので、我大国ミロク大社の宮で、これまでおこなってきた祈りを結び、まとめる意味もあり、この日、総合の祈りを致しまして、再び、船に戻りました。出港後は、引き続き東シナ海側の航路で、久米島、慶良間諸島の近海を通りました。この島々は、西日本火山帯の真上にありますので、再度火山帯の小難無難の祈りを行いました。更には、尖閣列島の付近も航海しましたので、中国との争いが回避出来るよう祈り台湾に入港しました。
私達は台湾で下船し、西日本火山帯の南の要となります台湾の七星山にて、火山帯の動きの緩和と共に、中国・台湾・日本の領土問題の緩和、近隣諸国との友好を祈り日本本土に戻りました。
自然の動きに対しては、上記航路に沿って各地域を外海から陸地全体に向け、中央構造線に沿いながら、その動きの小難無難の祈りを行い、政治経済の安定、近隣諸国との摩擦の軽減、感染病が広がらぬようにという事も祈りました。
7月には、東京湾を横浜から船に乗り、途中韓国釜山に寄港して、日本本州と九州、四国をぐるりと一周致しました。
まずは、横浜を出港し、三浦半島、房総半島、東京湾の入口、房総半島から犬吠埼と祈り、そこから、太平洋を北上しながら、茨城東海第二原発の無事故無難の祈り、福島第二・第一の原子力発電所の早期解決の祈り、宮城の牡鹿半島の女川原発の無難無事故の祈りを行い、この太平洋側の航路では東北を中心に 2011年3月11日の自然災害による被害者の方々への鎮魂とその再来を防ぐ祈りを行いながら、13日の臨界事故における健康被害の解決、回復を祈り致しました。宮城・岩手・青森と進み、青森では、六ヶ所村・東通原発の無難無事故を祈り、津軽海峡を日本海に抜ける際に、海流・気流が滞り無いよう祈りました。
この日本海側に船が抜ける間、北海道側は恵山・函館山・羊蹄山・奥尻島、青森側は、竜飛岬・大間岬・岩木山・十三湖と自然の流れ、自然の営みが滞り無きよう願い祈りました。日本海側においては、秋田の男鹿半島・八郎潟・鳥海山・出羽三山に向かって祈り、新潟は、柏崎刈羽原発の無難無事故を祈りました。
船は、金沢に寄港。富山湾、能登半島の先端、志賀原発、若狭湾では、敦賀・もんじゅ・美浜・大飯・高浜の無難無事故をお祈りをしました。京都の舞鶴と鳥取の境港にも寄港しました。鳥取では、宍道湖の入り口を祈り、そこから釜山に向かう途中、島根原発の無難無事故をお祈りしました。釜山から九州へ南下、途中、玄海原発・長崎の平和記念公園に向かって原発には無事故無難の、平和公園には、世の平和、戦争回避を願い祈りながら、九州の西側を南下、普賢岳、桜島、鹿児島の川内原発へ向かって祈り、航路が東へ進むなか、四国と九州の間を通る際には、伊方原発、東海地域においては浜岡原発の無難無事故を祈り東京に向かいました。
この日本一周の祈りでは、5月と同様、南海トラフの動きが小難無難になるようにとの祈りと、伊豆七島から小笠原、マリアナへと抜ける東日本火山帯の動きに対しての小難無難の祈り、4大プレートの重なりや日本海溝、津軽海峡、日本海側の場所場所にある活断層に対しての小難無難、動きは穏やかになるよう祈りを行いました。韓国釜山にては、近隣諸国との友好、戦争回避の願い祈りを行い、一周を廻っての祈りとしては、感染病が広がらないように、自然災害の小難無難、17施設の原子力発電所の無難無事故の祈り、プレート型、活断層型の地震に対し穏やかな動きであるように、東日本火山帯、西日本火山帯の動きが穏やかになるようにと、多岐にわたって祈りをさせていただきました。
そして、今回は、北海道のみ(途中サハリンがありますが)を外洋から一周致しました。
まず、13日の朝日を石狩川河口にて祈り、乗船港である小樽に早めに入り、小樽で祈りました。午後船に乗り込み夕方出港、積丹半島・神威岬・泊原発・羊蹄山・奥尻島・松前の白神岬・天狗山と西に回り込みながら、津軽海峡に差し掛かった際には、青森の竜飛岬・岩木山にも向けて祈り、函館に入港、函館では函館山に向かい祈りました。
翌日、函館から室蘭に向けて出港。津軽海峡を東に進みながら、北海道は恵山に向かい、青森には、大間を望み、その先の恐山へ向けて祈りました。そのまま北海道の噴火湾、有珠山、昭和新山、洞爺湖、地球岬と祈りを致しました。
室蘭からは釧路に向けて、苫小牧、襟裳岬と北米プレートに添っての祈りを行いながら、十勝連山、根室へ向けても祈りました。
釧路からは、釧路湿原を祈りました。
船は、網走へ向けて、根室半島、ノシャップ岬、そして、色丹岬、歯舞、国後と進み、択捉と国後の間を進みながら、知床半島沖を先端から内陸へと進みました。この航路のお蔭で、千島列島火山帯を祈る事ができ、羅臼岳を海側から祈る事も出来ました。
網走からは、ロシアのサハリン、コルサコフに入りました。
ロシアを離れると、小樽へ戻る為に、宗谷岬、納沙布岬を進みながらオホーツクを祈り、利尻島や礼文島の間を進み、小樽まで祈りを致しました。
各地域共に、自然の動きに対しての緩やかなる動き、自然災害に発展する事が無いように、海流、気流の滞りが無いように安定するようにという祈り。近隣諸国との友好、政治経済の安定、感染病が広がる事が無いようにと祈りながら一周いたしました。
一回目の台湾までの航海、2回目の本州一周、3回目の北海道一周と、これらは、日本列島を地球のひな形として、これ以上の環境破壊が進まぬように、自然の回復と新たに良き環境となるよう、進化するようにという祈りと、地球全体の海流、暖流・寒流、深層海流、海道、水道、海峡、大気、気流の流れ、太陽、月の関係性といった大自然の循環、地球環境に対して善き方向となるよう祈り、地球規模での政治経済の安定、平和という事を祈りました。
昨年、東日本火山帯のマリアナ付近から、小笠原、伊豆七島、そして、4大プレートを突き動かす動きが出るという啓示にもとづいて、10月3日に小笠原の父島、母島にて御神事を行いました。この御神事から、11月20日に小笠原の方で、新しい島が出来るという形で、その突き動かすと伝えられていてエネルギーが放出される事となり、そのおかげでなんとか4大プレートの動きが抑えられてきました。
しかし、昨年から、今年にかけて、琉球列島の久米島、これは西の火山帯にあたりますが、この付近が動き、琉球トラフ・南海トラフと連鎖連動する動きとなり、そこから、東南海・南海・富士の噴火、及び、4大プレートに刺激を動かす流れがありました。
そして、今年に入り、特に6月以降、小笠原・伊豆七島・熱海沖・伊豆大島近くでの群発地震が起き、その動きが、折角、落ち着いていた4大プレートをつき動かす動きがありました。
更には、中央構造線沿いに、関東で大きな地震が起きると伝えられてきました。関東の内陸部の活断層、及び、プレート、太平洋側が連鎖連動し、関東・東北・北海道までの太平洋側で大きな地震が動くという啓示で、これが、動く事によって日本海側をも刺激する動きとなる。一つは、中央構造線に沿って関西から日本海側までの大きな範囲、京都・福井・石川辺りと内陸側を大きく動かす可能性が伝えられてきました。
そして、その動きは、中央構造線と西日本火山帯に沿って、中国地方から四国、及び九州、そして東北地方や北海道といった広範囲にわたって大きく突き動かす可能性があると伝えられてきました。
これらの動きが、9月及び10月にかけて動く可能性が高かいと伝えられてきました。
この動きを押さえる為に、5月の船での外洋からの御神事、そして、6月富士セレモニー、8月富士山頂上での祈り、7月の東京から神戸、沖縄、台湾への船の外洋からの御神事、7月8月にかけて、九州から北海道の範囲を内陸からの車で中央構造線に沿って御神事を行いました。
そして今月9月の船の御神事を行い分散分割、回避という祈りを行ってまいりました。
6月の富士セレモニーでは、北のアイヌと南の琉球を富士で結ぶ事によって、民族の調和、平和という意味と共に北から南の全体の自然環境の調和という意味も兼ねておりました。
その結果として、完全回避とはなりませんでしたが、9月3日、9月16日、17日に起こった自然の動きによって、何とか、先送りが出来たのではないか、最悪の事態は避けられた、切り抜けたと私自身は、思っております
しかしながら、自然は動き続けており、また、自然の動きを誘発しようとする、敢て、自然を大きく動かしたいと考え、行動している存在もいる為、いつ、この状態が変わるかわかりません。引き続き気を引き締めてゆかなければなりません。船を下船した後、20日に場所は言えませんが、北海道内の啓示で指定された場所にて夜を徹しての御神事を行います。
21日は、札幌での勉強会を行い、その後、22日に神戸で預かってもらっている車を受け取った後、淡路から四国に入り、高知の鳴門岬、徳島からフェリニーにのって和歌山へ、紀伊半島・潮岬、鳥羽からフェリーで渥美半島へ渡り、浜岡、御前崎と廻り、愛知にて27、28日に御神事を行います。
10月に沖縄に戻り、琉球トラフ・西日本火山帯の動きが緩やかなるものとなるよう祈りを行います。その後の御神事で、自然災害や政治経済・近隣諸国との緊張の緩和、そして、感染病というものが拡散しないよう御神事を引き続き油断することなく意識を一層高めて行ってまいります。
今回、ここまで御神事を行う事が出来たのも、皆様の温かいご支援がありましたからこそであります。大難を何とか避ける事が出来たと本当に、感謝しております。
直接のお礼や手紙、メールなどを送ることが出来ませんが、皆様への感謝の気持ちは、御神事に邁進する事、自分に出来る事を出来る限り精一杯行う事で、あらわせて参ります。
その行動で、感謝の気持ちとして、出来る限りのことを行わせていただきます
10月には、改めて中国敦煌に行きます。また、今年は、後2ヶ所ないし1カ所外国での祈りが必要であり、訪れるよう伝えられております。
何とか、今年の最後までそれ等をやり遂げねばと思っております。もし可能ならば、皆様のお力添え、ご支援いただけますと幸いでございます
比嘉良丸 比嘉りか
<今回の航路での写真一部掲載>


小樽出港地図 / 積丹半島


国後 択捉間地図 / 択捉からの朝日